人格形成の原点はどこにあるのか

 先日、親と教師が「いじめ問題」について討論するテレビ番組を目にしました。母親側から教師の責任を一方的に攻撃し、追及しつづける場面に、私は耳を疑わずにはいられませんでした。親側には何の責任もないのだと主張しているように聞こえたのです。
 
 私はつねづね教育の根幹は「家庭教育」にあると信じています。学齢期に達する子どもは「学校教育」を受けますが、それは家庭と学校の密接な協力によってのみ成り立つものなのです。

 子どもがこの世に生をうけたその瞬間から、私たちには親としての喜びや感激が与えられると同時に、子どもをより良く育てるという重責も担わされていることを決して忘れてはならないのです。

 家庭教育で最も大切なことは、心豊かで思いやりのある子どもを育てることです。これは言葉で教えるのではなく、お母さん方自身の生活態度や考え方がそのまま子供たちに反映するでしょう。いつも相手の立場を考え、弱者に親切にしている親の姿を見ながら育った子にいじめっ子はいないはずです。

 私は小学生のころ、家庭の事情で転々と転校を繰り返す生活を余儀なくされました。四年生のころ、母親だけが東京で仕事に残り、私は身体の弱い妹を連れて山口県の祖母の家へ移ったことがあります。転校生は初めのうちは珍しがられますが、私の場合も例にもれず、同級生からおきまりのいじめが始まりました。毛虫を私の背中や掌に触れさせ、私が怖がるのを見て皆で面白がるのです。そんなある日、「怖がらなければいいんだ」と子供心にも覚悟を決めた私は、掌に載せられた毛虫をじっと我慢しながら堪えに堪え、「こんなの怖くもないよ」と平気な顔をしてつまんで見せました。その日から、いじめはピタリと止んだばかりか、逆に皆から尊敬される立場に変わっていたのです。

 東京で働く母親に心配をかけたくない一心で、一人でいじめを克服したこの一件は、厳しくも長い軍隊生活のころにも、その後の人生に於いても、まわりの人を思いやる生き方へと私を導いてくれたのです。

(平成19年度版 幼児ポピー「ほほえみお母さん&お父さん」、小学ポピー「ポピーf」10月号より)


子どもたちの心に気力を

 我が国では子どもたちの学力低下が危惧され、内閣に設置された「教育再生会議」により、学力向上のためのさまざまな取り組みが始まりました。授業時間を増やし、読み書き計算などの基礎学習を徹底させることや、全国学力調査を新たにスタートさせて学力向上に生かすこと等の提言もその中に盛り込まれました。

 しかし、その前に忘れてはならないのは、子どもたちの学習意欲の問題です。やる気のない子どもたちに対して、周囲がいかに周到な学習計画を立案しても効果が上がらないのは必定です。

 学習意欲について、財団法人日本青年研究所の日中韓小学生調査によると、「将来のために今、がんばりたい」という子どもは、中国、韓国ともに70%を超えているのに対し、日本は48%と半数にも満たなかったと言う記事に、私は我が目を疑い、愕然とした思いを今もぬぐえないままです。

 私がここで申し上げたいのは、子どもたちの心に気力を持たせたいということです。勉強だって「やるぞ!がんばるぞ!」と意欲を集中してやれば、同じ1時間でも何倍もの効果が上がるものなのです。

 昨秋、私は芸術院からの依頼で故郷の三重県下のある中学校で講演を行いました。物質中心主義の時代に育った生徒たちに欠けているのは「たくましさ」です。私が彼らに伝えることができるのは、どんな苦難も乗り越えてがんばろうという、強い精神力以外にないと考えました。

 そこで、私は四歳の時に父親が事故で亡くなり、母親一人の手で病弱な妹と私の二人が育てられたこと等、身の上話を交えながら、そうした逆境を前向きに受け止めて精一杯がんばり続け、人生を豊かに生きることができたことを話しました。生徒たちはみな真剣な顔で聞いてくれましたから、きっと何かを受け止めてくれたことでしょう。

 後で、学校長から伺った校訓は「自ら学ぶ意欲を持ち、心ゆたかにたくましく生きる生徒を育てる」というもので、「当校には母子家庭の子どもが多いので、何よりの話でした」と喜ばれました。帰りは花いっぱいの庭から笑顔の生徒たちが見送ってくれました。

(平成19年度版 幼児ポピー「ほほえみお母さん&お父さん」、小学ポピー「ポピーf」9月号より)



子どもの叱り方褒め方

 いじめ問題や学級崩壊等が深刻化している状況を受けて、文部科学省は体罰の考え方をまとめ、「教室で立たせること」や「居残り」も認め、教師の毅然たる指導を支援する方向へと動きが見られました。

 学校でも家庭でも、大人が子どもを叱る場合、大人の都合で叱るのではなく、真に子のためを思って叱る場合、その気持ちは必ず子どもに通じるものです。どんなに厳しい叱り方であっても、愛情さえあれば、信頼の絆はゆるがないということを、親も教師もしっかりと心に留めていただきたいものです。

 昔から子どものしつけは叱るより褒める方を多くする方が上手な育て方とされてきました。それも正解です。親からガミガミしかられてばかりいると、その子は自分はほんとうに悪い子だと思い込み、伸び伸びとした素直な子に育つことができなくなるでしょう。

 だからと言って、くだらないことを褒めて子どもを甘やかす必要はありません。大人が子どもの中に可能性を見つけ、それを育てたいと願うとき、自然に出てくる言葉こそ純粋な褒め言葉なのです。その言葉こそ子どもを将来、大きく育てることになるでしょう。

 ずいぶん昔のことですが、妻が何十年振りかで教え子達に招かれて同窓会に参加した時の話です。生徒の一人、山口君が感激的な思い出話をしてくれたそうです。当時、中学1年生だった山口君は、英語の成績が良くて妻に褒められ、頭を撫でて貰ったというのです。それが心の励みになって、彼は、家が貧しくて進学できなかったにも拘わらず、働きながら夜学に通い、語学の教師になったというのです。

 私にも同じような体験があります。子どもの頃の私は、国語、作文の成績が良く、担任の先生が特に目をかけてくださったことは、今でも忘れられません、それは、現在の私の仕事にもつながっていると思われます。

 子ども達は、一人ひとりがそれぞれに可能性を持って生きているのです。愛情と信頼感を持って接すれば、その可能性は花開く日がくるのは必定です。

(平成19年度版 幼児ポピー「ほほえみお母さん&お父さん」、小学ポピー「ポピーf2」8月号より)



子どもの心を育てよう

 私のように九十歳にもなると、世の中の動きがよく見えてくるのです。いま、日本の教育界が危機的状況にあるその原因さえ見えてくるのだから不思議です。

 日本がめざましい経済成長を遂げた昭和三十年代以降、教育の方針もそれと平行するかのように、子どもの将来の利益につながる方向へと向かっていきました。子どもが良い成績で、優秀校に進学し高収入の得られる大企業に就職するというエリートコースに乗ることこそ、理想の進路と考える風潮が社会を風靡するようになりました。

 その結果、偏差値や学力テストの結果だけが、子どもたちを評価する手だてとして重視され、子どもたちの心は置き去りにされてきたのですから、教育に歪みの出ないはずはありません。

 だからといって、私は子どもたちに学力をつけさせることが間違っていると言っているわけではありません。「学力を云々する前に、もっと大切なことを身につけさせてください」と言いたいだけなのです。

 もう半世紀も昔のことですが、ここで、ある学校の優れた校長先生の話をご紹介しましょう。彼は、子どもたちの学力を伸ばそうと思えば、先ず精神力を鍛えることが肝要だと考えたのでした。そこで、彼は、昼休みに毎日校長室に生徒を十人ずつ呼び寄せて、給食を共にしながら子どもたちと歓談しました。そして、必ず口ずさませた歌があります。

 それは、

 憂きことのなおこの上に積もれかし
 限りある身の力ためさむ          
(昭和初期の陽明学者・熊野番山 和歌より)

 というものでした。子どもたちには少し難しかったかもしれませんが、彼はくる日もくる日も、子どもたちに懇切丁寧にその意味を話して聞かせたのでした。「辛いことを一つずつ乗り越えていってこそ、心は強くなり、何事にも負けない人間になれるんだよ」と。

 その学校の生徒達は全員が真面目で努力家で、当時行われた全国一斉の学力テストも、他校に比べて抜群の成績であったことは言うまでもありません。

(平成19年度版 幼児ポピー「ほほえみお母さん&お父さん」、小学ポピー「ポピーf2」7月号より)


早寝早起き朝ご飯

 教育界では、子どもの規則正しい生活習慣の重要性が改めて叫ばれるようになりました。朝食を食べている子どもは食べていない子どもよりも体力・持久力が勝っていることも文部科学省の調査で明らかになりました。また、生活習慣が学力とも深く関わっているという事実も明らかになっています。それは、とりもなおさず家庭における生活態度が問われることにもなるのですから重大問題です。

 「時代が違うののよ。テレビもゲーム機もなかったころのようにはいかないのです」と責任を時代の所為にしてしまうのは簡単ですが、いま一度、家庭生活の有り様について考えてみようではありませんか。

 先日、家内が笑いながら「五十年近く前の話です…」という前置きで、小学校の教師をしていたころの、五年三組T君の話をしてくれました。T君は明るくて素直な子どもですが、落ち着きがないのが欠点で、授業中も脇見ばかりして勉強に身が入らない様子でした。ところがお昼の給食の時間がくると、俄然元気になり、(当時の学校給食は粗末なものだったらしく、残す子が多かったそうですが)T君は給食のお代わりをガツガツと何杯も食べるというのです。T君の家は評判の老舗のうどん屋でした。多分、家業が忙しく、T君の朝食のことなどかまっていられないのだろうと察して、家内は家庭訪問をし、T君のお母さんにその様子をすべて話したのだそうです。
 
 そんなことがあって、T君は徐々に落ち着きを取り戻し、授業態度も良くなり、成績も中位から上位へと、見る見るうちに上がっていったというのです。

 これは、ほんの一例に過ぎませんが、家庭での生活習慣がいかに大切かを如実に物語っているように思われます。子供たちは親の姿を鏡として、自然に身に付けていくでしょう。今では忙しく働くお母さん方が増えています。忙しければ忙しいほど、お母さん方は子どもたちへの細心の心配りが必要です。せめて早寝早起き朝ご飯の習慣ぐらいは身に付けて頂きたいのです。

(平成19年度版 幼児ポピー「ほほえみお母さん&お父さん」、小学ポピー「ポピーf2」6月号より)


ぼくらの登校風景

 最近、子どもたちの間でいじめの問題が多発し、目を覆いたくなる事件が起こるようになりました。マスコミはこぞって「いじめはあったのかどうか」など、表層的な一面を報道しています。しかし、原因はもっと奥深いところにあると思われます。

 私の住む練馬区桜台は静かな住宅街ですが、ちかごろ、、毎朝、個々に子どもを学校まで送っていくお母さん方の姿を見かけます。一見、のどかな風景のようで、実は寒々とした情景に思えるのは私の杞憂に過ぎないのでしょうか。

 それにつけても、私が子どもの頃のあの古き良き時代の登校風景を思い出さずにはいられないのです。上級生が下級生の面倒を見ながら、雨の日も風の日も遠い道のりを通った通学路。そこには子ども同士がお互いにかばい合い助け合う風景がありました。もちろん、腕白坊主もいて、小さな争いや、いじめも無かったわけではありません。いじめられたり、いじめたり、ないたり、笑ったりしながら、お互いに親密度を深め、雑草のように逞しく育っていったのです。

 ある寒い冬の日、学校からの帰途、私は麦畑で麦踏をする農家のおばさんを見かけました。「僕にも手伝わせて」と言って、数センチほどに伸びた青い麦を、霜柱といっしょに踏むとサクサクと音を立てました。

 「麦の芽は折れてしまうんじゃないの」と聞くと、「麦の芽は踏まれれば踏まれるほど丈夫になって、しっかりと根を張るんだよ」とおばさんは教えてくれました。私は、そのとき子供心にも「人間も麦と同じようにつらいことや苦しいことを乗り越えてこそ強くなるんだ」と教えられたような気がしたのでした。

 いまは麦畑もすっかり見られなくなり、「麦踏み」という言葉も聞かれなくなりました。しかし、人は誰もみな卑怯ないじめなどに挫けず、強く逞しく生きねばならないことに、今も昔も変わりはありません。強く逞しい人はいじめなどとは無縁です。相手を思いやる優しさも自然に併せ持つ人なのです。

(平成19年度版 幼児ポピー「ほほえみお母さん&お父さん」、小学ポピー「ポピーf2」5月号より)


暖かい励ましの言葉を

 季節はめぐり、美しい四月。今年もまた子どもたちの入学や進学の季節を迎えました。

 こうした新しい出発の時期にこそ、周囲の大人たちは、子どもたちの様子を、いっそう注意深く見守る必要があると思われます。急激な環境の変化は、子どもたちに、意外に過重な緊張感を与えるものだということを忘れてはならないのです。

 ここでは、Kくんの話をご紹介しましょう。Kくんはまじめで聡明な子どもでした。幼稚園の頃から絵を描くのが大好きでした。ところが小学校に入学後、初めての授業参観に出かけたKくんのお母さんは、教室の展示版に張り出されたKくんの絵を見て、非常にショックを受けたというのです。画用紙の片隅に、小さくポツネンと描かれた男の子の絵。その絵は、まるで自信を失い、萎縮してしまったKくんそのものの姿に見えたというのです。

 子どもたちの中には新しい環境に容易に馴染めない子どもがいます。そんな子には、励ましの言葉をかけ、自信を持たせてやることが必要なのですね。

 Kくんのお母さんは、すぐに手だてを考え、実行に移しました。早速、知り合いの美術の先生に事情を話し、Kくんの絵を見てもらいました。先生はKくんの頭を撫でながら、一言、「Kくんは絵が上手いねえ。でも、もっと大きく描けばもっとすばらしいよ」と誉めてくださったのです。

 その日以来、Kくんの絵は、信じられないほど伸び伸びと自信に溢れたものに変わりました。絵だけではありません。相乗効果という言葉がありますが、勉強も運動も、目に見えてめきめきと伸びていったのです。

 新学期を迎えたこの時期、おうちの方は、子どもたちの心にどんな変化がおきているかを、細心の心配りで見守ってください。そして、子どもたちが信念と自信を持って学んでいけるように、それぞれの子どもにふさわしい励ましの言葉をかけてあげてください。

(平成19年度版 幼児ポピー「ほほえみお母さん&お父さん」、小学ポピー「ポピーf2」4月号より)


 伊藤桂一先生略歴
 大正6年三重県生まれ。学生時代から「文芸首都」などに投稿、詩作を続ける。昭和13年から三度にわたって7年間軍隊生活を経験された。故・中谷孝雄先生に師事され、平成7年9月より義仲寺・落柿舎の庵主、また、平成13年12月には日本芸術会員となられました。
 昭和36年「蛍の河」で直木賞受賞。昭和58年芸術選奨文部大臣賞・昭和59年「静かなノモンハン」で吉川栄治文学賞。昭和60年紫綬褒章受章。

前総裁 外山先生のエッセイはこちらをご覧ください

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